フランスワインの歴史
アルザスワイン の 歴史

 

30年戦争(1618~1648)とアルザスワイン

絶頂期にあったアルザスワインは、17世紀に入って起こる、「30年戦争」(1616~48年)に、アルザス全土が巻き込まれたことによって、衰退する。

「30年戦争」は、ドイツのプロテスタントとカトリックの敵対から始まったが、最後は、この宗教に関係なく、西欧列強国の覇権争いの形をなし、西欧の殆どの国を巻き込んだ、ヨーロッパの最も破滅的な戦争である。主戦場であったドイツを始めとする北欧の破壊は著しく、西欧の歴史を100年以上逆戻りさせたと言われ、列強国の勢力地図の塗り変え以外、歴史的成果の全く見出せない戦争である。
アルザスは、その経済をフランスより、ライン河流域に依存していたから、この戦争による影響をまともに受けた。

アルザスの経済を大きく後退させたのは、 この戦争によって、最大の市場であるライン河流域から北方に至る販路が荒廃したこと。
飢饉やペストも手伝って、アルザスの農民たちの多くは、焦土化した村を捨てて大都市へ逃れ、ブドウ栽培地の村の多くが、廃村に追い込まれたこと。
加えて、交易の中心地ストラスブールは国際都市であったため、各国の様々な通貨が流通していたのだが、 その通貨統一を計るべく、30年戦争後、アルザスを支配下に治めたフランス王制の新通貨が劣悪だったため、通貨システムは全く功を奏さず、物価の上昇、領主の財政のいきずまりによる増税を引き起こし、住民の困窮と流通市場の混迷に拍車が掛かったこと等があげられる。

 

30年戦争を描いた絵画

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奇跡的に蘇るアルザスワイン
混迷した経済と戦禍によって荒廃した葡萄栽培は、18世紀中葉から後期に掛けて奇跡的に復興する。それは、都市人口の増加が新しい市場を作ったからである。

30年戦争後、荒廃した自国を逃れ、移住して来たドイツ人やスイス人を始めとする周辺の国々の人々とその子孫に加え、近代工業化の波が、都市に人を集めた。 無論、ペスト禍や戦禍が遠のき、平和が訪れたことが最大の要因であるが、様々な人種や文化が交錯し、時代の流れを吸収して留まることのない国際都市ストラスブルグという町が復興の牽引車であったことは間違いない。
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