フランスワインの歴史
ブルゴーニュ・ローヌの歴史

 

聖職者と葡萄栽培

ローマ帝国崩壊後、教会や修道院が、葡萄栽培に掛けた精力は想像以上のものがあり、その精力の源は、単に宗教人としての立場からだけではない。

それは、いいワインが高位の人々の生活には欠かせない装飾品であり、社会的尊厳のはっきりした表現のひとつであったから。

(このワインが単に、アルコール飲料と言うだけでなく「文化的な威光を持ち、社会的な役割を担うきわめて重要な産物」であることの理解は、ワイン文化を持たない日本人には、一般的に難しい)

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司 教

司教は、ローマ帝国崩壊後は都市の第一人者であった。住民・庶民の精神面を司る立場にあることは当然だが、同時に世俗的な行政の長でもあった。
それ故、宿泊施設の乏しく貧しい当時、通常、王や高位の人物が都市に立ち寄り宿泊するのは、司教の館であり、そうした貴顕をもてなす時、ワインは無くてはならないもの。良いワインを供することは「礼儀作法」でもあった。世俗の権力者の厚遇を得て、都市の利益を擁護し、運用する責務を持つ司教にとっては、いいワインを備えることは、最大の関心事であった。

「(我が町の素晴らしいワインを)名誉ある尊敬すべきお歴々 に贈答として配り、そのことが、わが町の素晴らしい習慣だと称賛され、高位の人々の庇護が続くように・・・・」と言う主旨の教会関係古文書が数多く見られることでも明らかである。

 

修道院

中世における僧院や修道院の果さねばならない社会的役割の1つは、現在のホテルが担っているものであった。 巡礼だけでなく、旅行の経路は、普通、僧院や修道院の所在地をたどった。あらゆる身分の旅行者が、僧院や修道院で休息し、宿泊した。立ち寄る僧院や修道院のリストが、そのまま旅行の道筋になる。

このような人々をもてなすことが、僧院の大きな勤めでもあった。特に高位の人達の一行の場合は、大きな負担ではあったが、同時に、返礼として、寄進を受けたり、権力者からの厚遇を得たのである。敬意に満ちた歓待の思い出を権力者に持ち帰って貰うことは、なによりも重要なことであった。

司教や修道院が酒蔵に素晴らしいワインを揃えて置く事に躍起になった理由は、宗教上の理由以外に、こんなところにもある。

 

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