フランスワインの歴史
シャンパーニュ・パリ の 歴史

 

革命の導火線-啓蒙思想

宗教改革の試練を経て、カトリック中心の思想から、人文主義への途を開き、それをさらに一歩進めた啓蒙思想の時代が18世紀のフランスである。
ルイ14世の絶対王政が経済的に破綻し硬直化した政治体制への反動・批判として湧き上がって来たのが啓蒙思想で、それはフランス革命への導火線とも言えるものである。

1715年ルイ14世が76才で亡くなり、曾孫アンジュー公がルイ15世(在位1715~74)として即位。甥のオルレアン公フィリップが摂政となると、あらゆる分野でルイ14世時代の威圧的な雰囲気に対する反動が起こり、豪華絢爛のバロック様式に代わって、都会風の洗練さと軽快さ、機知に富む会話を楽しむロココ趣味が摂政期以降の18世紀の上流社会の色調となった。貴婦人のサロンがその典型的舞台である。

新思想誕生の場所はこの「サロン」だった。ルイ15世の宮廷は、カソリックを中心とする反動思想がまだ精神界で優位を保っていた。
これに対し、人文主義の影響を受け新思想を模索していた理性的・哲学的な人たちがいた。

宮廷にあってポンパドゥール夫人は町人出の嬰妾として貴族や高僧たちから軽蔑の目で見られていたから、自分を支持してくれる世論とそれをリードする作家・思想家が必要だった。
思想家の方でも、貴婦人のサロンが新思想を説き、議論する場所でもあったから、 ポンパドゥール夫人のサロンにも新思想の持ち主たちが出入りしていた。

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こうした時期に、旧世界を地殻変動させるひとつの楔が打たれたのが『百科全書』だった。 もともとこの出版は、当時の人々が関心を持った学問と技術の集大成として、近代的知識と思考方法によって人々を啓蒙することを目的に、本屋が始めた事業にすぎなかった。

溢れ出る才能と編集者としての実務能力をそなえたディドロが、その企画を軌道に乗せた。 彼は、ヴォルテール、モンテスキュー、ルソー、ダランベールという当時の第一級の思想家を協力者に迎えた。この全書の執筆に参加したのは学者・医師・文人・知識人・軍人・技師・職人など総数184名に及び、百科全書派と呼んでいるが、その中には博物・科学(物理)・化学・植物学・農学者が含まれていた。

最初、検閲当局によって没収措置がとられるが、警視総監や出版を取締まる立場の出版局長も好意的だった。この発禁本をボンパドゥール夫人が持っていて、国王が火薬や白紅の製法について質問するとこの本を持ち出して答えたりした。

全書は27巻から成っていて、980リーブルもしたが、予約を申込んだ者が4,300人もいた。この発禁の書は、宮廷と貴族の館や、田舎司教にまで広がり、当時のフランスのインテリの必読の書になっていった。フランスの人々に与えたその思想的影響とインパクトは、計り知れないものがあった。

ポンパドゥール夫人のような上流サロンから、弁護士、小商店主、手工業の親方などの読書サークルまで、様々な社会的レベルで、市民社会を志向する思想(フランス革命に至る)が議論される基になったのである。

 

 

*ルソー(1712-78)思想家・作家 著書:エミール・新エロイーズ・社会契約論
*タランベール(1717-83)数学・物理学者 著書:動力学-ニュートン・力学の神の影響を払拭
*ヴォルテール(1694-1778)反権力、反カソリックの作家・哲学者 著書:イギリス書簡・寛容論
*デイドロ(1713-84)無神論・唯物論の思想家・作家 著書:運命論者ジャック・ラモーの甥
*モンテスキュー(1689-1755)哲学・思想家 著書:法の精神-三権分立
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