フランスワインの歴史
プロヴァンス(フランス南部)の歴史

 

コート・ダジュール

澄んだ青い海や恵まれた気候のおかげで、フレンチ・リビ工ラ、別名「紺碧海岸」は、世界中の保養地の中でも抜きんでた地位を占めている。

古代のローマ人は温泉浴場を造り、海の微風があたるように別荘を建て、この地の生活を愉しんだ。だが、コート・タジュールが脚光を浴びるようになったのは19世紀になってからである。最初、イギリスの貴族が輝く太陽と紺碧の海に魅せられて保養のためやって来た。だから、ニースの海岸沿いの大通りは「イギリス人の散歩道」と呼ばれている。 その後、米国やヨーロッパ各地から金持ちがやってきて別荘を建て、モンテカルロのカジノで楽しんだ。

1920年代には、ココ・シャネルが日光浴を流行させ、F・スコット・フィツ・ ジェラルドがジャズを歌った。第2次大戦後は、ブリジット・バルドーなど新進の映画スターが、新しいコート・ダジュールのシンボル、サン・トロペを有名にした。

モナコ公国を治めているクリマルディ家は、現在、ヨーロッパで一番長く続いている王室の一つで、14世紀からである。

マントンからアンチィーブまで統治し、マントンのレモンやオリーブの栽培で富み栄えた。1860年にマントンがフランス併合されると、国の財政は逼迫した。 だが、時の大公シャルル3世は、丘の上にカジノを開くことを思い付く。(当時、フランスでは禁止されていた) そして、自分の名にちなんでモンテカルロと名付けた。 時を同じくして、新たに海岸沿いに敷かれた鉄道のお陰で、大勢の客が集まって来た。この事業が大きな利益を上げるようになって、シヤルル3世は国民の税金を免除した。

こうしてモナコは繁栄し、王家も栄えた。1956年には、大公レーニエ3世がアメリカの女優グレース・ケリーと結婚した。華やかさが加わり、長い間二人はおとぎ話の中に登場するカップルのような存在であった。

 

 

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