フランスワインの歴史
プロヴァンス(フランス南部)の歴史

 

ラングドック最古の町 「ニーム」

名作「風車小屋だより」の作家ドーテの故郷でもあるニームは、ランクドック最古の町。 その発祥は、紀元前6世紀ギリシャ人が植民する前から、ケルト人の大きな集落であった。その集落は「ネマウソスの泉―聖なる泉」を中心にできていた。ニームの名前も「ネマウソス」からきたものである。

ローマが地中海世界で強国になりつつあった時、彼らローマ人はケルト人を蛮族とみなし、その地を「ガリア」と呼んだ。 ガリアは深い森におおわれており、ガリア人は多くの部族に分かれて住んでいて、統一国家は形作られていなかった。 ガリアの社会では、戦士を兼ねる貴族が権力を持ち、農民を支配していた。 地中海沿岸の一部は、早くからローマに征服されて、「属州-プロウィンキア(プロヴァンスの語源)」となっていたが、カエサルのガリア征服によって、部族の統一が進み、ケルト文明とローマ文明の融合した「ガロ・ロマン文明」と呼ばれるフランス文明の基調を形作る。

ニームは、交通の東西と北への分岐点にあるため、交易が活発に行なわれ、経済力をつけて行ったが、アウグストスの時代に大きく発展する。現在残る 円形闘技場・メゾン・カレ(神殿)など数々の遺跡は、この「ガロ・ロマン文明」の黄金時代(1~2世紀)のもの。

その後、西ゴート族(ゲルマン)の支配やサラセン人(アラブ)の侵略、ローマ教皇に異端視されたアルビジュワ派に市民が加担したことによって起こされた戦い、中世末期の宗教戦争と、度重なる戦いが都市の発展の阻害となった。
しかし、交通の要地にあるため、商業活動は継続的に行なわれ、14~18世紀には、オリエント貿易と織物産業(16-17世紀公職を追放された多くの新教徒が起こした産業)で大きな都市として成長していく。

現在のニームはワインの物流(最大のワイン市場)をはじめとする商業活動の活発なランクドック最大の都市である。

*「デニム」:デニムの語源は「ニームの・・・」というフランス語の<de Nimes>からきている。織物産業が盛んだった頃のニームの綿布を指したのが始まりである。

 

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