フランスワインの歴史
ボルドー&南西地方の歴史

 

名醸地メドックの成立 

ボルドーは、フランス革命の頃にはフランスでもパリに次ぐ、近代的な都市になっていた。その象徴である大劇場は今でも街の中心で繁栄の名残りを語っている。

フランス革命時は、ジロンド党の基地でもあったボルドーも革命の嵐に巻き込まれ、著名なシャトーは国から没収と言う受難にあい、ギロチン台に送られた貴族もいた。 しかし、封建的な帯剣貴族とちがって、近代精神の洗礼を受け、商売、特に海外との貿易でもまれ、したたかな根性を持っていた法服貴族(モンテスキューのような)や新興ブルジョワ商人たちが多かったから、ぶどう園をブルゴーニュのように分散させないで、いろいろな手口で守りぬいた。

そして、産業革命によって増大する英国を中心とする北方諸国の従来のマーケットに加え、1853年には、パリーボルドー間の鉄道が開通し、パリっ子たちの熱い目がボルドーに注がれ、フランス国内の新たなマーケットが登場し、ボルドーのワインは黄金時代を迎えるのである。

メドックでは広壮な大邸宅が建ち始める。(パルメ、ピション・ラランドとロングヴィル等々)また、各ぶどう園主は建物だけでなく、ワインの品質向上にも努めた。 何代にも渡るぶどう栽培とワイン醸造法についての経験や教訓で、その技術水準はかなりのものになっていた。
近代的技術を研究し導入し始める余裕もあった。

しかし、その華やかな舞台の裏には、不況と災厄の落とし穴も迫っていた。1830年代ボルドー銀行が倒産し、1830年~50年に掛けてぶどう園主たちは経営難に苦しむようになっていった。そこへ、うどん粉病が襲った。地元の古い地主たちはぶどう園を持ち切れなくて次々と手放した。手を出したのは銀行家たちだった。

時間を追って列挙してみると、
20年代に銀行をバックにした酒商バルトンがランゴアを買い、
36年にはスペイン系銀行家アグアドがマルゴーを買い、 フランス金融界の雄アシル・フールがベイシュヴェルを買った。
53年にはロンドン・ロスチャイル家がムートンを手に入れ、同じ年に、ユダヤ人の銀行家イザーク・ベレールもパルメを買っている。
66年にドルフェス家がモンローズを買っているが、その少し前に、パリ・ロスチャイル家がラフィットの買収に掛かっていたのである。
変転はあるものの現在に通じる姿がこの時期形成されたと言える。

 

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